キリスト教は古代の神々をやぶり、彼らを魔女として追放してしまいました。しかし、これまで信仰してきた神さまのことは人々の記憶から消えることはなかったのです。古代の神々は、たとえ魔女に格下げされようとも、伝説のなかにその面影を残しています。それが魔女伝説です。
伝説の詳しい内容については、『グリム童話の魔女たち-魔女街道を歩く』や2011年出版の『ドイツメルヘン街道夢街』で豊富な写真を載せて詳しく紹介してあります。ここでは、簡単な紹介だけにし、魔女伝説の地を撮ってきた写真や関連図版を一部楽しんでいただきます。
昔、ラインハルトの森(ヘッセン州)を支配していたのは巨人族の長クルコだった。彼にはブラマ、ザバ、トレンドゥーラの3人の娘がいた。
クルコが亡くなると、ブラマとザバはキリスト教に改宗したが、トレンドゥーラは異教の神々を信じつづけた。彼女には良心というものがなく、姉たちを迫害した。ブラマは心を痛め、毎夜泣き明かしたので、目が見えなくなってしまった。彼女は父の城をでて、ブラムブルクに移り住んだ。
ザバも邪悪なトレンドゥーラと一緒にいるのが耐えられなくなって、ザバブルクに城を建てて、そこに住むことにした。ザバは目の見えなくなったブラマを訪れては一緒に過ごすことが多かった。
そんな姉たちのことを知ったトレンドゥーラは逆上し、ザバを襲い、絞め殺してしまった。それ以来、彼女はトレンデルブルクの城にこもって、めったに村人の前に姿をみせなくなった。
ある日、トレンデルブルクの村を激しい暴風雨が襲い、7日7晩たっても降り止まなかった。村人は天の怒りを鎮めようと、トレンドゥーラを生贄にすることを決めた。トレンドゥーラが一人荒野に立つと、雷雲がむくむくと湧きおこり、恐ろしい稲妻が彼女を直撃した。まもなく雷雨は去っていった。彼女が立っていたところには大きな穴がふたつ出来ていて、それはヴォルケンブリュヒェと呼ばれて、いまも残っている。
?トレンドゥーラはどうしてキリスト教に改宗しなかったのか。
?トレンドゥーラは本当に良心がなかったのか。
◆このヴォルケンブリュヒェは今も見ることができる。
ホーフガイスマールからバスでディーメルブリュッケ下車。そこから東へのびるフリードリッヒスフェルダーシュトラーセを一、二キロほど歩くと、左手に「ヴォルケンブリュヒェ」と書かれた小さな看板が立っている。
そこから山道に入る。道はかなり細く、縁には柵などないので、臆病で高所恐怖症の私は一人では怖いと思った。幸いトレンデルブルクホテルの専属運転手に連れてきてもらったので、安心だった。
十分ほど登っていくと、右手の木立に隠れようにしてぽっかりとした丸い池が見える。柵や囲いなどない。水面は深い穴の下のほうになっているので、覗くのもかなり怖い。恐る恐るのへっぴり腰でとにかく写真を撮る。運転手と私だけ。一人ではやはり勇気がいるかもしれない。池は直径一五0メートル、周囲四七0メートル、水深十六メートル。
気になったのは下の看板に書いてあった「ヴォルケンブリュヒェ」という言葉。これはヴォルケンブルッフ(豪雨)の複数形である。トレンドゥーラの伝説を読んだとき、「大きな穴が二つ開いていた」とあったので、どういうことだろうと不審だった。ところが看板にも確かに複数形で書かれている。なぜ二つなのだろうと思っていたので、そのことを運転手に尋ねたところ、正確にはここは「濡れたヴォルケンブッルフ」で、この近くにもう一つ「乾いたヴォルケンブッルフ」というのがあるそうだ。
私はなんとなくトレンドゥーラが平野で雷に打たれて亡くなったと思い込んでいたので、山の中というのは意外だった。ところが意外でもなかったのだ。この「濡れたヴォルケンブッルフ」のすぐ横がなんと平地になっていたのだ。しかもここから約六00メートルはなれた平地にその「乾いたヴォルケンブッルフ」があるそうだ。
タンホイザーは愛を歌う実在の詩人だったが、行方がわからなくなり、魔性の女ヴェーヌスに誘惑されて、彼女と一生をヴェーヌスの山で過ごしたと伝説に言われています。
「タンホイザー」伝説について、『グリム伝説集』から要約します。
騎士タンホイザーはヴェ-ヌスに誘惑されて、愛欲の年月をヴェーヌスの山で送る。やがて、良心に目覚めたタンホイザーは引き止めるヴェーヌスを振り切って、山を降りる。彼はローマに行き、教皇に罪を告白し、神の許しを乞う。
教皇は枯れた枝でできた杖を見せ、その杖が芽をふいたら許されるだろうと言う。そんなことはありえないとタンホイザーは絶望し、ふたたび山へ帰って行く。
しかし、3日後、杖は芽をふいた。教皇の使者がタンホイザーを探しにでかけるが、彼はすでに山の中に入っていて、2度と下界にはおりてこなかった。
ワーグナーのオペラ「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」はこの伝説に基づいているが、ワーグナーのタンホイザーはヴェーヌスのもとには戻らないことになっている。
一方、ハイネの「タンホイザー」はヴェーヌスを賛美して山へ戻っていく。
ホレおばさんの正体についてはよくわかっていません。『グリム童話』にも「ホレおばさん」という話がありますが、さまざまな性格をもつ不思議な女性です。
昔、ハルツのイルゼシュタインにイルゼという美しい王女が住んでいた。彼女にプロポーズする若者がたくさんいた。
近くに魔女の母娘が住んでいて、娘はとても醜くて、彼女を訪れる若者など一人としていなかった。母魔女はそれに腹をたてて、イルゼの住む城を岩に変えてしまった。ただ1ヶ所、イルゼだけに見える扉が作ってあったので、イルゼは毎朝この扉から出て、近くのイルゼ川で水浴びをしていた。運良く水浴びをしているイルゼに出会った若者は、彼女の城に招かれて、素晴らしいもてなしを受けた。
嫉妬深い魔女は、イルゼの水浴びが見られる日を一年に数日しかないようにした。イルゼを救いだせる若者は、彼女と同じときに水浴びをしていて、美と徳で彼女にひけをとらない若者だけだそうだ。
大昔、ゲルマンの神々は、4月30日になると、ハルツ山地の最高峰ブロッケン山の雪道をかきわけて山頂に集まり、冬の魔を追い払ったのです。春迎えは民間行事の重要な儀式でした。それはその地に住む神の大切な仕事でした。冬の魔はどんなに大騒ぎしても、翌5月1日には訪れる春に追い払われてしまいます。ヴァルプルギスはそんな古代の神々の神聖な儀式だったのです。
キリスト教が導入されて、古代の神々は追い払われ、春迎えの儀式は新しい神の役目になり、本来主役であった古い神々は魔的なものに格下げされてしまいました。やがて魔女狩りの時代になると、古代の神々やそれを信じる村人たちは異教の魔的な儀式(サバト)に身を捧げる魔女として捕らえられていったのです。
ヴァルプルギスの夜は、ヨハネス・プレトーリウスという民俗学者が1669年に出した『ブロックスベルクの仕業』で、はじめて公に紹介されたと言われています。ここでは、すでに古代の神はウーリアンと呼ばれる悪魔にされています。彼に挨拶するために行列をなす人々が魔女なのです。
この伝説はハルツ地方にのみ伝わる局地的なものでしたが、ゲーテが『ファウスト』に取り上げて、世界的に知られるようになったのです。
『ファウスト』のおかげで、ハルツを訪れる人が増えました。詩人ハインリヒ・ハイネもその一人でした。彼の『ハルツ紀行』は、ハルツの自然や魔女伝説についての素晴らしい案内書になっています。
現代のヴァルプルギスの夜
私たちは薬を塗りこめば速さが出る。
ぼろきれひとつで帆が出来る。
どんな桶でもよいお舟。
きょう飛ばなければ、飛ぶ日はないぞえ。
(『ファウスト』手塚富雄訳)
魔女たちはこう歌って、4月30日、ブロッケン山めざしてやってきます。皆さんもヴァルプルギスの夜を体験したいと思いませんか。ハンブルクからゲッティンゲン経由でハルツ地方の要の町ヴェアニゲローデに出ましょう。ここを中心に、ハルツの町々を楽しみながら、ヴァルプルギスの夜を迎えるのはどうでしょう。
この春迎えの民間行事は魔女狩りの時代に中断されましたが、19世紀末になって再開され、ハルツ地方の重要なイベントになりました。毎年4月30日の夜になると、ハルツ山地の最高峰ブロッケン山のふもとの町で開かれます。それぞれの町がそれぞれの趣向をこらして、この夜を演出します。
これまで、ガイドブックでは、ハルツ山地の西の町ゴスラーの祭りが紹介されてきましたが、東西ドイツが統一して以来、旧東ドイツだったブロッケン山に行けることになったので、祭りの主流は旧東ドイツの町に移ってきました。
今なら、へクセンタンツプラッツ(魔女の踊り場)やシールケの祭りがお勧めです。特にゲーテの『ファウスト』の舞台になったシールケは伝統的な形で行われていますので、見るならここが1番です。毎年、大勢の観光客がハルツにやってきます。
この夜、ハルツの町に姿を現した「踊る魔女」や「魔女や悪魔に扮した家族」、美しいハルツの自然を写真で楽しんでください 。
初老の学者ファウストは世界の奥義を見極めようとして、知識の泥沼に落ち込み、あえいでいます。彼は悪魔メフィストーフェレスに誘惑されて、俗世間に出かけていきます。まず、二人はライプツィヒにあるアオアーバッハスケラーという酒場で悪ふざけをしたあと、「魔女の厨」に飛んで行き、そこで魔女から若返りの飲み物を作ってもらい、ファウストは素敵な青年に生まれ変わります。
ファウストに恋した町の娘グレートヒェンは、ファウストと一夜を過ごしたいばかりに、誤って母親を毒殺してしまい、ファウストも彼女の兄を殺してしまい、逃げます。グレートヒェンは彼の子を身ごもったあげく、生まれた子を殺してしまい、監獄で処刑を待つ身となりました。
そんなこととは知らぬファウストは悪魔の誘いに乗って、ハルツの山中にやってきました。おりしもこの日は「ヴァルプルギスの夜」でした。ブロッケン山の山頂で年に一度、悪魔の宴に参加する魔女たちが集まってきます。美しい魔女、老婆の魔女、できそこないの魔女、古道具屋の魔女、あらゆる魔女たちがやってきます。ブロッケン山へ行く途中、シールケの近くでファウストとメフィストはそこにいた魔女たちと踊り始めます。
ファウストは一緒に踊っている美しい魔女の口から赤いネズミが飛び出したのを見て、正気に返ります。 恋人が監獄につながれているのを知り、悪魔の助けを借りて、彼女を助けるため監獄にやってきます。しかし彼女は彼を拒否し、死んでいきます。ファウストは自分が犯した罪の大きさに打ちひしがれます。ここで『ファウスト』第一部は終り。
第2部のファウストはドイツの古いゲルマン的なものから脱却して、ギリシャの古典的世界を経、世界的規模で生きる人間の意義を見つけていきます。
これほど大きなテーマをもった『ファウスト』ですが、ギリシャ的古典世界を優位とするゲーテ時代の世界観に貫かれたものと言えましょう。ドイツ的なるものが捨てられていくある種の悲哀を覚えます。ファウストにとっては、「ヴァルプルギスの夜」は捨てなければならないネガティヴな世界だったのです。
『ファウスト』の魔女の厨は奇怪な道具で飾られています。猿たちが湯気の立ち上る鍋をかきまわしています。魔女はここでファウストに若返りのジュースを作ってやるのです。
よく鍋をかきまわしている魔女の絵をみますが、魔女はそれで何を作っているのでしょうか。若返りの薬ばかりではありません。本当の魔女は薬草を使って、さまざまな薬を調合しているのです。飲み物であったり、軟膏であったりします。
そういう薬を作る女たちは「賢い女」と呼ばれました。彼女たちは尊敬され、重宝されてきました。時代がくだるにつれ、男社会が権力を握るようになると、医学の分野においては、このような「賢い女」が排除されていきます。魔女狩りの時代に彼女たちは魔女にされていったのです。「賢い女」は薬剤師だったり、占いをしたり、産婆であったり、名づけ親になったりと大活躍していたのです。
ドイツで「魔女の厨」というレストランをしばしばみかけます。魔女は特にスープが得意だといわれています。『グリム童話』の中にもそれをうかがわせる話があります。ハルツで売られている魔女人形は薬草魔女で、手に薬草を摘む籠をもったおばあさん魔女です。彼女たちは長い経験を積み、薬草に深い知識をもった「賢い女」でした。
ハルツには村の女たちを主人公にしたヴァルプルギスの夜伝説がたくさん残っています。面白い伝説をこれから少しづつ紹介していきたいと思います。